腹中のウナギ

弁栄上人は弟子や付き人に本を読むことをあまり勧められませんでした。ただ「一心に念仏せよ」の一点張りでした。
ところが、渡辺拙堂さんが浅草の誓願寺にて随行していたあるとき、織田得能師の『法華経講義』の本が新聞広告に出ており、読みたくてたまらないが金はないし、上人に申し上げてもお喜びにならないのはわかっているので黙っていました。すると、
弁栄上人「『法華経講義』は読みたいか」
と聞かれたので、驚いて、
拙堂さん「ハイ」と申上げると
上人「それでは買いなさい」といってお金を下さいました。
すると本屋が割引値段で売ってくれて、お金がいくらか手に残りました。
「これは割引の金だから頂戴しよう」拙堂さんは、勝手な考えをおこし、ついウナギ飯と焼鳥を食べてしまいました。
寺に帰って、隠すために口を塩ですすぎ、次の間から
「ただ今帰りました」と挨拶すると、

上人「ウナギ飯はうまいか」

と問われ、ハッと思ったがそしらぬ振りをして、
拙堂さん「もう一年もそんなものは食べまていません」

上人「イヤ今日のは一杯では足るまい。焼鳥はうまかったか」

拙堂さん「上人、どうしてわかりますか」

上人「お前のお腹の中にある」

(『日本の光』183頁 参照)